「和を尊ぶは三菱所属社員の伝統的精神にして、事業に各種の分化あり、組織に各般の分系ありと雖(いえど)も、社員相互相和し、相睦び、協カー心社務に鞅掌すべく」と三菱合資会社創設者 岩崎弥太郎が説かれた三菱の精神は、スボーツ面に於ては、特に人間相互の心身両面に於ける最高の協同を理念とするボートが歓迎され、明治20年代にその発足をみて、爾来三菱の伝統的スボーツとして、三菱マンの団結と養和の為に相当大きな役割を果してきました。
明治時代には、三菱合資会社の造船、鉱業、倉庫、商事、地所、銀行・製鉄・保険等の各部の有志のレースが向島に於て行われたほか、郵船及び三井との対社レース(3社レースと呼ばれた)が東京高商(現一橋大学)の春季競糟大会の招待レースとして行われたそうです。大正元年より・秋10月に開催される慶応義塾の水上運動会に三菱の各部が招待され、対部レースを行ったのが本レガッタの起源といわれています。